アメリカの友人から、「サイトー先生はアメリカ人みたい」と言われたことがあります。
日本的ではない、ってことですね。
「空気を読まない」「前例を重んじない」「シキタリを守らない」そんなところでしょうか。

たしかに!!
たとえば、少しずつ「先生」ではなくて「斉藤さん」と呼んでいただくようにし始めています。
講壇での服装も、20年かけてスーツ→ノージャケット→ノーネクタイ→ワイシャツもやめて綿のシャツに、とじわじわとカジュアルにしてきました。
礼拝出席者の数を数えること、受付の出席名簿なども廃止しました。
古い言い回し(文語)のコンテンツも、現代語のものに置き換えつつあります。



特に文語→口語は、世の中的には当たり前のことなんよなー。



文語体には味があるぞ!!
なぜ、こういう「今まで通り」ではない選択をしているのか、というと理由は驚くほど単純です。
福音のため、です。
第一コリント9:23
私は福音のためにあらゆることをしています。
簡単に言えば「教会に来たいな、と思っている方たちが少しでも教会に来やすくなるため」です。
ただ、それだけのことなんですよね。



空気読めないんじゃなくて、確信犯なのね。
イエス・キリストの愛は本当に素晴らしいものです。聖書が語る神様からのメッセージは、今までもこれからもいささかも変更されてはなりません。
でもそれ以外のすべての要素は、いくらでも変えていいし、変わるべきだと思っています。
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