好意と配慮のただ中で

6年間全力で働いた吉備教会を那須くんに託して、一宮教会に来て一ヶ月半。
この「長期出張」にはいくつかの目的があったわけですが、その一つが「私が吉備教会を客観的に見るため」でもありました。

本当はもっと感謝するべきことが「当たり前」になっちゃうことって、良くありますよね。
そういう意味で、慣れは損失です。
私は基本的にケチなので、感謝すべきことを新鮮に自覚し続けたいのです。

そして今、目的通り、吉備教会の環境がどんなにありがたかったかを味わえています。
私は、好意と配慮のただ中にいたのです。
離れると、それがよく分かります。

クリス

本当に、いい教会になったよねー。

夜吉備に戻ると、信徒さんが私にと、絵本を届けてきてくださっていました。
本当に素敵なストーリーとイラスト。そして、なんと貴重な原画集もつけて・・。
ページをめくる時間の心楽しさ♪

広い駐車場で、せっせと草抜きをしてくださる信徒さん。
素敵な夕食を、月に何度も届けてくださる方。
母の日に、と妻に花束を届けてくれた若者。
当たり前のように、愛で包まれる環境。

一歩離れることで見えてくる、ありがたさ。
そして同時に思うことは、そんな心地よい環境から離れたところで、荒地を開墾したり、涙しながら種まきしている人たちがいるということ。
かつて宣教師たちは、どんな思いで日々の働きを重ねたのだろう、と思いを馳せます。

本当に幸いな、良い学びの時をいただいています。

詩篇103篇2節

わがたましいよ主をほめたたえよ。
主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。

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