水の上

一宮教会との連携プロジェクトを進める中で、よく「水の上」ということばが頭をよぎります。

クリス

この聖書箇所だね。

マタイ14:27-29

イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。
するとペテロが答えて、「主よ。あなたでしたら、私に命じて、水の上を歩いてあなたのところに行かせてください」と言った。
イエスは「来なさい」と言われた。そこでペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスの方に行った。

「本当に歩けるだろうか・・?」という懸念材料が常にあるわけです。
でも、「神様が導かれるのだから、きっとなんとかなるんだろう・・」とも思うのです。
二歩目が見えないのに一歩を踏み出す、そんなことの連続です。

たとえば、YouTubeの受信環境をすべて整えても、肝心の受信操作をする人がいるだろうか、、というような。
考えうるもっとも簡単な操作で受信できるようにしましたが、それでもまったくIT化されてなかった一宮教会では、その奉仕者を見つけることが困難に思えました。

クリス

そこを確定せずに踏み切ったの!?

しかし、4月最初の日曜日に初めて来られた方(他の町の温泉で奇跡的な出会いをした方)が、コンピューターに詳しい方で、結局その方が受信操作をしてくださっています。

あるいは、教会入口ゲートのリフォームの際にぶどうの苗を植えたのですが、6月になって私が週一回の一宮通いに切り替わると、水やりが不十分になる可能性がありました。
ところが、二ヶ月の間に親しくなった近所の方が、「水やりしましょう」と名乗り出てくださいました。

こんなひとつひとつのことが、私には水の上の二歩目、三歩目に見えてしまうのです。

まず一歩目踏み出すこと。そうすると、水の上も歩けるのですね。

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